労働条件、職場規律等について、就業規則に基づかない一般的な取扱いが長い間反復・継続して行われ、それが会社と労働者の双方に対して事実上のルールとして機能することがあります。これを労使慣行といいます。
労使慣行が問題になる具体的な例として、就業規則に賞与を支給する定めはあるものの、支給日に在籍している者のみ受給できるという要件(在籍日要件)が規定されていない事案において、査定対象期間に勤務したものの、支給日前に退職した者にも賞与を請求する権利があるかが争われたことがあります。
この事案において、最高裁判所大和銀行事件判決(昭和57年10月7日)は、支給日の在籍要件が慣行として存在する場合は、退職日以降の支給日分の賞与について、労働者に受給する権利はないと判示しました。
この例のように、労使慣行は、就業規則には明確に記載されていない内容を解釈する準則として機能することがあります。
このような労使慣行が認められるためには、一般には、(1)同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復・継続されていること、(2)労使双方が明示的にこれを排除・排斥していないこと、(3)労働条件について決定権限を有する者がその取扱いについて規範意識を有していること、という3つの要件を満たすことが必要であるとされています。
また、上記(1)〜(3)の要件を満たすかは、その労使慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえて、諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきとされ、その諸般の事情としては次のものが挙げられます。
労使慣行の性質・内容・合理性
労働協約や就業規則等との関係(労使慣行がこれらの規定に反するものか、それらを補充するものか)
労使慣行の反復継続性の程度(継続期間、時間的間隔、範囲、人数、回数・頻度)
定着の度合い
労使双方が持つ労使慣行と就業規則との関係についての意識
労使慣行が形成されるまでの間の対応等
それでは、上記の例に限らず、会社に労使慣行が存在すると認められた場合、その労使慣行は、会社と労働者の関係にどのような効果を及ぼすのでしょうか?
一般的には、労使慣行は、次の3つの効果を及ぼす場合があると言われています(菅野和夫『労働法[第10版] 』100頁)。
労使慣行に労働契約としての効力が認められる場合。
労使慣行に反する使用者の権利の行使を「権利の濫用」として無効にする効果をもつ場合。
労使慣行が就業規則の不明確な規定に具体的な意味を与える効果をもつ場合。
以上の労使慣行が会社に存在すると認められた場合、会社は、その実際の取扱いに合わせて就業規則を改訂する必要があるでしょうか。
結論としては、労務管理上、労使慣行に合わせて就業規則を改訂した方がよいでしょう。
就業規則は、労使間の行為準則として機能する面がありますが、明文がなく、事実たる慣習(民法92条)である労使慣行が労使を規律している場合、両者で労働条件に関する認識があいまいになり、労使間トラブルが起こり易くなるからです。
会社で労働条件の決定権限を有する皆様は、定期的に自社の労使慣行を見つめ直し、それを就業規則に明文化する作業を行うことが適切な労務管理とつながるでしょう。