1日8時間・週40時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働をさせると、法律上、会社は25%〜50%の割増率の割増賃金を従業員に対して支払う必要があります。
この一定時間の時間外労働等が毎月発生することを織り込んで、その一定時間分の割増賃金以上の金額を、定額の給与・手当として支給することを定額残業代といいます(固定残業代ということもあります)。
定額残業代を導入すると、実際に時間外労働等を行ったか否かにかかわらず、企業は、一定時間分の割増賃金以上の額を毎月従業員に支払わなくてはなりません。
すなわち、純粋にコストの面から見れば、定額残業代の導入は企業の負担増になります。
それにもかかわらず、定額残業代を取り入れる企業が現れるのはなぜでしょうか?
定額残業代を導入するメリットは、主に次の3点にあると言われています。
募集の際に、固定残業代を含めた金額を求人票に載せることで、求職者に対して、一見すると高い給料がもらえる会社だと映る可能性があります。
実際の時間外労働時間数が、定額残業代に織り込んだ一定時間を超えない限り、毎月の定額残業代を支払えば、給与計算上は割増賃金を支払ったことになります。
したがって、時間外割増、休日割増、深夜割増といった複雑な割増賃金の計算を省略することができ、給与計算担当者の事務負担が軽減されます。
従業員から見れば、時間外労働を実際にしなくとも定額残業代の支払を受けられるのですから、極力、時間外労働はせずに定額残業代を受け取るインセンティブが働きます。したがって、定額残業代を採用すると(理論上は)長時間労働の削減につながります。
一般に、(1)〜(3)のメリットがあると言われる定額残業代ですが、果たしてこれらは会社にとって有利な材料なのでしょうか?個々に分析したいと思います。
まず、(1)の採用面でのアピールですが、求人票には、基本給や別個の手当と明確に区別して定額残業代を記載するよう求められており、分析的な目でよく見れば、正味いくらの給与が設定されているかは読み取ることができます。したがって、採用面でのアピール効果は限定的です。
次に、(2)の給与計算事務の負担軽減については、近時、大多数の企業は何らかの給与計算ソフトを用いて給与計算事務を行っており、時間外労働等の割増賃金の計算はソフトが自動的に行いますので、定額残業代を導入しても事務負担軽減の効果は限られます。
また、後述するとおり、実際の時間外労働時間数が、定額残業代に織り込んだ一定時間を超えた場合は、その超えた分について実労働時間数に応じた割増賃金の給与計算をする必要が生じます。したがって、このようなケースでは依然として事務負担は残ります。
さらに、(3)の長時間労働の削減については、従業員が実際に労働していないにもかかわらず、毎月一定時間分の割増賃金の支払義務が生じるということで、まさにこの点が会社のコスト増につながる部分です。
以上の(1)〜(3)のほかに、何時間働かせても定額部分以外の残業代を支払いたくないので定額残業代を導入する、という残業代節約を目的とする話がよく聞かれます。
しかし、これは従業員側から争われた場合、裁判所によって否定されて会社側が敗け、定額部分以外の残業代の支払いを命じられるおそれが強いため、残業代節約術として定額残業代を導入しようとするのであれば、どのような手段をとっても、その目的は達成されない可能性が高いでしょう。
以上のようにメリット・デメリットが交錯する定額残業代ですが、会社の事情によっては、それでも定額残業代を導入するという判断も、もちろんあり得ます。
そのため、導入時における要件と注意点を述べていきます。
(定額残業代導入の要件)
次の内容に則って、定額残業代の支払いを就業規則に定めることが必要です。
定額残業代が、基本給や別個の手当と明確に区分されていること。
定額残業代が、時間外労働の割増賃金の趣旨で支払われており、算定基礎となる時給単価や対象となる時間外労働時間数が示されることで、計算根拠が明らかになっていること。
定額残業代を超えて時間外労働がなされた場合、その超えた部分について、別途、割増賃金を支払う旨の合意がなされていること。
上記(a)〜(c)を満たさなかった場合は、定額残業代の効力が否定されてしまいます。
その結果、会社は、時間外割増賃金を全く支払っていなかった状態になり、未払い賃金の支払を余儀なくされます。
また、会社が定額残業代と考えていた(実際には効力が否定された)部分は、割増賃金を計算するための基礎となる賃金に組み込まれるため、計算基礎となる時給単価が増えることになります。
そのため、従来会社が想定してきたよりも負担の重い未払い賃金を支払わなくてはなりません。
さらに、従業員の請求によって、裁判所から付加金(労働基準法114条)の支払を命じられ、未払い賃金の倍額のコストを負わされることになります。
以上、良い面悪い面を織り交ぜて述べてきました。繰り返しになりますが、残業代節約術として定額残業代を取り入れると失敗すると言って過言ではありません。
定額残業代を導入する(した)のであれば、前記(1)〜(3)のメリットのうちどのような効果を期待するかを明確にして、効果を検証しながら、自社の経営戦略に沿うように規定や運用面を整えましょう。